





















『虚無のティータイム void tea time』は、建築家・湯浅良介と、JAXA宇宙科学研究所で軌道設計を専門とする尾崎直哉准教授による、言葉とビジュアルで綴られた一冊です。
本書の出発点となったのは、2022年に東京・田園調布の「un」で開催された湯浅の個展《Pole Star》。この展示で湯浅は、華やかな装飾をまとった一本の“柱”を設計し、実際に建てました。時計の秒針と同じ速さで回転を続けるその柱は、構造物という実用性の枠を超え、頭上に広がる宇宙や、想像の彼方にある銀河へと接続するかのようなイメージを帯びていました。
この柱の造形に、展示のキュレーションを担当した編集者・水島七恵は、人間の内にひそむ“垂直性”の表象を見出します。重力という規範のもと、水平にしか動けない私たちの身体。その奥深くには、垂直という方向性への原初的な衝動や憧れが、息づいているのではないか——湯浅の柱は、そうした無意識の層に触れ、眠っていた感覚をそっと揺り起こすものでした。
一方、尾崎が日々向き合っているのは、まさにその垂直の延長線上にある営みです。地球の重力圏を抜け、はるか彼方の天体を目指す探査機。その軌道=道のりを、物理法則に従って導き出す軌道設計という行為は、広大な空間に見えない線を描く、“空間の軸線”の設計とも言えるかもしれません。そこには、厳密な科学的合理性に加えて、知覚を超えたものを思い描く想像力が求められます。
異なる領域において「設計」という行為を追究するふたりが、「虚無」というテーマに応答し、その思索の軌跡が本書に結実しました。また本書には、白石ちえこと松岡一哲、ふたりの写真家が捉えた《Pole Star》の写真が添えられ、第三のまなざしとして、もうひとつの層を浮かび上がらせています。
本書は一見すると淡白な文庫本ですが、その内側には、通常の形式を逸脱する複雑な造本設計が施されています。地から立ち上がる柱のように、天から信号を送る探査機のように、水平方向に読み進めていく本の内側で、垂直方向に開くもうひとつの軸が、同じ紙を共有して一つの構造を形成しています。日常のひとときが宇宙の謎へとあっけなく反転する瞬間が、ごく薄い距離で隣り合っている事実を、本書の設計は反映しています。
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虚無のティータイム
Void Tea Time
テキスト・ビジュアル:湯浅良介 尾崎直哉
写真:白石ちえこ、松岡一哲
アートディレクション・デザイン:加納大輔 和田悠馬
企画・編集・テキスト:水島七恵 熊谷麻那
印刷:株式会社丸上プランニング
製本:NEUTRAL COLORS
発行:pendulum
定価:2,000円(税込)
仕様:A6判(105×148mm)/全160ページ/カラー印刷/手製本
製本はすべて手作業で行っているため、仕上がりには個体差が生じています。
あらかじめご了承ください。
発行日:2025年